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「しかし…ここが、あのグランオルグだとはな…」
ぽつりとロッシュは呟き、改めて前を見つめる。
グランオルグに辿り着いた時は、もう夕焼けが少しずつ傾きつつあった。
その夕焼けに生えるどす黒く染まったグランオルグの城壁の成れの果て。
一行はその姿に暫く驚愕し、呆然とするしかなかった。
15.過去の王子と未来の放浪者
「で、ここからどうやって進入するんだ?」
目の前の酷く壊れた橋を見て、ロッシュは言った。
それに対し、うーん と考えるセキュイアとクローディア。
「え…まさか、進入できないとか…ないよね?」
不安気にレイニーが考えている二人に対し声をかける。
「ここまで澱みが酷いからな。 「普通に入る」なら平気だが、さすがに丸腰のまま入るのはおすすめしない」
「仮に7匹精霊が解放されていたとしても、進入するのはかなりリスクを伴うぞ」
魔神と精霊神が悩みながら、レイニーの問いに答えた。
「このまま入ったらどうなるんだ?」
ストックの言葉にセキュイアが溜息をつく。
「…澱みに犯され、過去の異物にされるのがオチだな。 大将が黒示録を持っているなら尚更だ」
「…そうか…」
「ってことは…ここで足止めってこと!?」
「此処まで来て!?」
レイニーとマルコの悲鳴があがった刹那。
その声が五月蝿いかのごとく、セキュイアの懐から何かが蠢いた。
それをセキュイアは慌てて取り出す。
「卵なの!!」
少しずつ卵の殻が割れ始める。
そこから漏れ出したのは小さな獣の吐息。
セキュイアの掌で生まれた小さな命は物珍しそうに周囲を小さな翡翠の瞳で見渡した。
ふわふわな緑色の鬣、黄金の尾に白い身体。
周囲はその容姿に驚愕し、ロッシュはぽつりと呟いた。
「何だ、この小さいの」
ロッシュが呟いた途端、小さな獣から炎のブレスが放たれた。
ぶすぶすと、ロッシュの前髪が少し焼ける。
『小さいの、とは無礼な人間だ』
小さな獣はそう言うと、無礼な人間であるロッシュを睨みつける。
そんな苛立っている獣に対し、レイニーとマルコが顔を覗かせる。
「なぁに? これ」
「かわいいね」
つんつんとしてきたり、アトのようにキラキラとした瞳で見つめられる獣はセキュイアの掌で、少し後ずさりしつつ『な…何だ…お前ら…』と躊躇する。
「久しぶりだな、ライム」
己の名前を言われ、小さな獣―ライムは振り返る。
頭から胴体までセキュイアを隅々まで見つめてから、『大きく…そしてまた一段階美しくなったな…』と呟いた。
その呟きが聞こえたのか、クローディアは溜息をつく。
(その言葉…子を産み落とした親のようだぞ)
かつて、ライムが諸事情で幼くなったセキュイアを育てた経験はあるが…。
ふと、横にいるゼーブルを見る。
ライムを冷たい瞳で見つめているが、何故か食べれるか食べれないか、自問自答をしているようだ。
『それで、この失礼な人間達は何なんだ…!!』
ご立腹なライムに対し、セキュイアは「ああ…そうだったな。 実は―」とこれまでの経緯を話し始めた。
経緯を聞いたライムは、『なるほど…』と呟いた。
「こうなると私達でも手がつけられない。 どうすればいい?」と、セキュイアはライムに問いかける。
『ならば、我らを放り投げろ。 あそこまでいけばこの澱み位は食ってやれるからな』と、ライムは言うと固く閉ざされたままの門を見つめる。
「食う…?」
「ああ。 ライムは元々負を食らう生物。 その魔力で全てを破壊する性質を持っている。 だからあの門まで飛ばすことが出来れば…」
ストックの疑問に対し、さらりと怖いことを言いながら返答するセキュイア。
魔力で全てを破壊する、という一文をアトは聞き「大丈夫…なの?」と不安気にセキュイアの掌に乗っているライムに問いかける。
『我らが「娘」の仲間に危害は加えぬ。 そうでなければ、我らはまた居場所をなくしてしまうからな』
「あの時とは違ってなくならないよ。 エウラがずっと待っている」
『母が…。 そうか…』と、セキュイアとライムの意味深なやり取りを見ながら、クローディアは「それで、どうやってあそこまでライムを飛ばしてやるか…」と周囲にいる仲間を見渡した。
ふと、ストックはガフカをじぃ…と見つめる。
「…何だ?」
「ガフカの並外れた怪力であそこまで飛ばせないかと思った」
「ワシが、か。 球ならばあそこくらいは投げ飛ばせるが…」
「だったら球だと思えばいいんだよ」
ゼーブルはそう言うと、セキュイアの掌にいるライムの首根っこを鷲掴みし、ライムをゼーブル自身の手に乗せて掌で握りつぶすようにライムを握った。
「ほらほら、ぎゅっと無理やり丸め込ませたら球になるし―」
『やめろ!貴様!!』と、難なくゼーブルの手から逃れようとするライム。
「ふん。 このまま丸くなって卵に戻ればいいんだ」
『…っ!! このクソ魔獣が! 貴様がそうだからこそ、貴様だけは生なる母の内に戻れずじまいなのだ!!』
「私はクローディアの内で良いもん!!」
『はっ。 どうだかな。 お前だけ一人孤独でクローディアの内にいても陰に隠れて泣いているのではないのか?』
ムキーッとゼーブルは怒り狂い、威嚇のような精神攻撃をライムは連発する。
そんなバチバチと火花が散っているであろう二人をクローディアは手で遮った。
「やめろ。 全くお前達はいつもこうなんだから…」
セキュイアはそれを見て溜息をつき、頬を膨らませているゼーブルの掌にいるライムを再びセキュイア自身の掌に乗せる。
そして、ガフカに「ガフカ、ライムを投げ飛ばしてくれ」と、セキュイアは言った。
「…保証はできんぞ?」
「大丈夫だ。 変な方向に飛んでいってもライム自身で軌道修正できるから。 より高く飛ばせば大丈夫」
「あい、分かった」と、ガフカは頷くと、セキュイアはガフカの大きな掌に不機嫌そうなライムを乗せる。
『…握りつぶしたら、この掌を噛み砕いてやるからな…』
ライムの脅迫にも負けずに、ガフカは無言でライムを天高く放り投げた。
飛ばされたライムは門の少し空いている隙間にすっぽりと無事に入り込む。
それを見ていた一行。
「ありがとう、ガフカ」
セキュイアにお礼を言われ、「いや…」と、ガフカは恥ずかし気もなくこくりと頷いた。
「セキュイア。 ライムに「娘」だの「居場所をなくす」だの意味深な発言が多かったが…あれはどういう意味なんだ?」
ストックの隙を突きそうな質問に対し、クローディアは「お前は、時折恐ろしいくらい急所を突く問いかけをしてくるな…」と、溜息をついた。
「ちょっとした諸事情で、幼いときに世話になった。 それくらいだ」
「「居場所をなくす」とはそれとは全く異なっているような気がするけどな」
先程から気になっていたのか、ロッシュもストックと同じく質問をセキュイアにぶつける。
が、セキュイアは徐々にどす黒く染まっていたグランオルグの城壁が霧のように薄くなっていくのを見て、「そろそろ行こうか」と歩いていってしまった。
続いてクローディアもそれを追うかのように歩いていく。
「って、ちょっとー」
「おいおい、まだ質問したい事が山程だというのに…」
ロッシュと、先程から話を聞いていて興味を持ち始めていたレイニーは、溜息をついた。
「仕方ないさ。 恐らくはそれ以上は俺達は知る事ではない話なのだろうからな。 それよりも俺達も行こう」
「行くのー!」
酷く濃かった霧が、薄くなっていくのを見ながら男は『やれやれ…』と溜息をついた。
『最近の人間というのは有無言わず、礼儀すら知らないとは…』
その男は薄緑の長い髪をしており、翡翠の瞳をしている。
まさにその男は、先程忌み嫌う人間に投げ飛ばされたライム張本人である。
負を飲み込み成獣となった獣は忌み嫌っている筈の人間の姿になり、溜息をつく、が。
その身体を懐かしむように、馴染ませるかのように自らの姿を見つめた。
(…セキュイアが喜びそうだな)
大昔のあの時に、負を飲み込んだ幼そうなセキュイアを思い浮かべて、ふっと微笑む。
刹那、ライムは後ろから異様なオーラを感じた。
ばっ、と後ろを振り向く。
そこは城下街の大広場。そこに赤き装束を纏った男が立っていた。
その男は先程の人間の中に居た一人と瓜二つにライムは見えた。
男はじっと無言でライムを見つめている。
そしてライムも負けずと同じく無言で男を見つめた。
刹那、その男はライムが頑なに閉じていると思っていた口を開いた。
「…ストックは来ているか?」
『何だと…?』
意外な発言をした男を目を見開き、見つめようとした時。
後ろから「ライム!!」というセキュイアの声が聞こえて、振り返る。
遠くからライムと謎の男の姿が見れたようで、急いで来てくれたらしい。
だが、その目の前の男にライムを覗く一同は驚愕した。
「何こいつ! ストックそっくりじゃない!」
「まさか…」
驚愕する5人に対し、ストックは冷静に「皆、後ろに下がっていてくれ」と指示をした。
「ストック…。 しかし…!!」
何か言いたげなロッシュに対し、ストックは未だに冷静に「そこの男は俺に用があるらしいからな。 そうだろ? ライム」と、ライムに問いかける。
『らしいぞ』
「何を考えているかは知らんが、望みどおりにしてやろう」
そう言い、ストックは剣―ヒストリカを鞘から取り出した。
男も鞘から剣を取り出し握り締めた。
ギィンギィンと剣と剣がぶつかり合う音が絶え間なく響いて、数分。
「しかし、あの男の人は何者なんだろう」
マルコの質問に対し、アトは「多分…過去のストックだと思うの」と、少し寂しそうな声で答える。
「過去の…ストック!?」
驚きの声を出すレイニー。
冷静にセキュイアはストックとストックの戦いを見つめながら言う。
「恐らくは、敵が意図的に生み出したエルンスト王子だろうな。 過去を捻じ曲げ、一度死ぬはずだった贄のエルンストを生かし、今とは違う未来を作りあげたのだろう」
「そんなことが出来るのか!?」
ロッシュの問いに対し「分からない」と言い、ふるふると首を左右に振るセキュイア。
「が、あれが一種のアーティファクトなら説明がつく。 だが…どこまでどれだけ一つのアーティファクトが介入できるかは…私にも分からない」
「過去は一種の負。 その負が暴走した、という考えが妥当かもな」
「しかしだな―」とロッシュが続けざまに質問をしようとした刹那。
「何を企んでいる…」というストックの声が聞こえた。
膝を地面につけるエルンスト。エルンストの鼻先に剣を突きつける俺。
「何を企んでいる…」
そんな俺の声に対し、エルンストは無言のままだった。
「お前は過去から来た…。 そうだな?」
俺の問いに対し、エルンストは素直に「その通りだ」と答えた。
「奥には奴がいるな」
「ああ。 父上がいる」
父上…。そこまで過去が改変されているとは…。
エルンストは突然微笑し始める。
「…何がおかしい」
「いや。 未来が、未来の俺が滅茶苦茶になって無くてよかった」
その言葉に、俺は無言になった。
「しかも最愛の妹も無事というお墨付きだ」
「過去ではエルーカは…」
「ああ。 父上の手で殺されたよ。 エルーカだけじゃない。 ハイスもその他の要人も何もかも、だ。 俺はただ一人父上に生かされた」
刹那、エルンストの手がぼろりと崩れ落ちた。
魔剣ヒストリカは時の剣。
時の流れに逆らう全てのものに対し、有効な魔剣。
だからこそ、ヒストリカはエルンストの逆らっていた肉体の時間を正したのだろう。
ボロリボロリと崩れていく己を見つめる哀れな王子。
「父上の手から離れている今、お前に出会えてよかった。 未来を頼む…ストック」
そういうとエルンストは身体すら崩れていき、砂となって消えていった。
昔の俺がヴィクトールに逆らう意欲がなければこうなっていたとは露も知らなかった。
運命とは皮肉なものだ、と俺はさっぱりと透き通った夕焼け空を見上げて、こう呟いた。
「未来は、任せろ。 エルンスト」