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深緑しかいずることが出来ないその聖域で、密かにその映像は出現した。
ふわりと浮かんだ映像に映し出されたのは、大人し気な男。
白くふわふわしてそうな長い髪に、紅の瞳。気質を感じそうなその男は、目をぱちくりとさせている。
『珍しい。 賢者から連絡なんて…』
17.されど深緑は、歴史を謳う
『久しぶりだ。 ちょっとこちらで色々あってね。 報告だけしておこうかと思ったんだ』
樹のような竜―ユグドラシルは、にこやかにそう言った。
『報告? 何の?』
未だに疑問視している男に対し、ユグドラシルはひしゃげた声で言う。
【「彼」が、破壊神が、こちらで出現した】
その言葉に目を丸くさせた男は、『成る程』と何かに納得をするかのように頷いた。
『あれから結構経過したが、お前の居場所まで遊びに行ったのか』
【他人事のように処理をするな、氷樹の主リヴァエラ。 こちらは散々たる思いだったのだぞ】
少し怒り口調なユグドラシルの言葉に、男―リヴァエラはくすくすと笑っていた。
『良いじゃないか、たまには。 玩具であるガーディアンフォースを壊されていないのだろう?』
【お前のところの玩具とは違うぞ、あれらは。 まだ未熟であり、「外」の世界も見たことがない奴らばかりなのだからな】
『だったら早く、巣立ちさせておけ。 奴は「もう巣立った」と勘違いして来訪したのだからな』
ユグドラシルは溜息をついた。
かつてのリーダー質だったこれに何を言っても無駄だと悟った。
【…奴は、お前の玩具を気に入っていた筈だ。 あれから何故行かない?!】
『それは私に言われても困る。 奴は来たければ来る筈だ。 …多分』
意味ありげな曖昧な言葉に、ユグドラシルは【多分とは何だ、多分とは!】と突っぱねてみた。
リヴァエラは、その時の事を思い出したのか、盛大に笑った。
『ガーディアンフォースが「あんまり痛い事しちゃ駄目だよ」って言っちゃったんだ。 次にどんな顔で会えば良いのか分からなくなり、なかなか決心がしないのかもな』
ユグドラシルはその言葉を聞き、これはあんまりだ、と思った。
神に支配されるだけの玩具如きが、全てを破壊する神に対し、「お願い」だけでことを済ませるなど、無謀において他はない。
太陽に「あんまり暑いのだめだからね」と言っているみたいなものだ。
いまだかつてない程の深い深い溜息をユグドラシルは珍しくもついた。
******
溜息をついたユグドラシル率いる深緑の世界の横に浮かぶ世界はあれから7年の時が過ぎていた。
その世界の巨大な大陸、ヴァンクールのグランオルグ帝国の王宮で、必死に大量の書類を抱えながら走る一人の女性がいた。
途端、誰かとぶつかってしまったようで、ばさばさと大量の書類は離散してしまった。
「こら。 あまり慌てて走るな、エルーカ王女」
エルーカ王女と呼ばれた女性は、目を大きくさせ、その人物を見た。
少し老いてしまったが、気品ある立ち振る舞い。
貫禄もありそうな手を、その男は伸ばしてきた。
その男の手を掴み、エルーカは立ち上がる。
「申し訳ありません…ハイス」
男―ハイスは「全く…嘆かわしい」と、溜息をついた。
「未だに王女としての気質が足りない。 これでは民を指揮することが難しいと思え」
厳しい言葉に対し、はい、とエルーカは返事をして、微笑んだ。
「…何を笑っている?」
「いえ…。 あれから7年経過しているのに、貴方は凄いお人ですね」
そう。あれから7年。
闇の精霊のシェイドの言ったとおり、5年を経過して、ハイスは復活を遂げた。
その後から2年もの間、外交と称し動いていた。
だからと言って…。
「でも、あれは酷いと思いました」
「何のことだ?」
「対アリステルの外交の一件です」
そう。数日前に行なわれたアリステルとの会談。
威圧な態度でハイスは、アリステルの外交関係者達に様々な注文をつけたのだ。
「「あれでは、威嚇された人たちが可哀相」か? エルーカ」
ハイスの言葉にエルーカは口をつぐんだ。
「そんな事を言っているようでは、話にもならない。 時には己の国の益も必要になる。 それが必要にならなければ国は、民は滅ぶ」
落ち込むエルーカに、ハイスは微笑んだ。
「それにアリステルはあれから変わっている。 良い方向にな」
そう言い、ハイスは大きい窓を見つめた。
そこには、綺麗な緑が広がっている。
―――――――――
ハイスの言うとおり、アリステルは恐ろしくも変化していた。
マナの使用を極力控え、自然の力で電気を発電して、それを使うようになっている。
そんな、未来のような都市の役所の最上階で頭を痛めている男が一人。
「…また赤字、かぁ…」
男は深い溜息をついた。
グランオルグとアリステルはかつては敵同士であったが、今では外交をする、ライバルとなった。
とはいえ、先日ハイスとの会談はかなり痛かった。
痛かったというより…。
(一本やられた、って言った方が良いのか、なぁ)
男が頭を抑えていると、どかどかと室長室へと立ち入ってくる大男。
「頭が痛いとはこのことだな、ラウル室長」
「それを言いに来たのなら、もう間に合ってるから。 ロッシュ」
お互いの名前を言い合い、男と大男は微笑んだ。
「そろそろ降りてこい。 久しぶりにアンタと飲みに行きたいと思ってるんだ」
「おじさん臭いよ。 それに家に帰ってあげないとソニアもルーニアもずっと泣きっぱなしになるんじゃない?」
「数日泊り込みって言っておいたから大丈夫だろう」
恐らく全然大丈夫じゃないだろう 仕方のないお父さんだ、と密かにラウルは思った。
―――――――――
頭を痛めるラウル率いるアリステルは、もう一つ外交を通して意思疎通を図っている国がある。
シグナス。
かつてはグランオルグとアリステル、両国に傭兵を送っていた砂漠の国だった。
今では何と、田畑を作るように出来、数日前から田植えを行なっている。
とはいえ、田畑で田植え、収穫ができるようになったのは近年の事。
それまではなかなか砂漠の緑化が出来ず、マナが豊富な精霊もなかなか寄り付かない年が続いていた。
なので、田植えが当然のようにできる喜びを知りたいと、様々な場所から人が集まり、こうして田植えを手伝っているのだ。
そう思うと、胸がわくわくしてしまう。
それを見ていたサテュロス族の少女はそう思い、言葉にした。
「…なんだか凄いね」
隣にいたブルート族の男は首をかしげた。
「だって、皆嬉しそう」
「確かにな」
人もブルート族もサテュロス族も関係ない。
わいわいがやがや、とまるでお祭り騒ぎのように田植えを行なっている。
サテュロス族の少女アトは、他にも楽しげな風景を目にしていた。
精霊たちである。
マナが豊富な精霊達はこのなにもない砂漠を毛嫌いしていた。
だが、その精霊たちを説得して、この砂漠に住まわせたのは他でもない、この少女だ。
ブルート族の男ガフカはそう思い、全てのものに感謝をする為、空を仰ぎ見た。
―――――――――
皇と呼ばれるその男は、セレスティアの神木の間にいた。
魔剣ヒストリカを抜き、神木の下に突き刺した。
もう、この剣は必要ない。男はそう思っていた。
あれから7年の月日が経過した。
異世界のあの3人の女神達を何度も思い出す。
白き本、白示録も、黒き本、黒示録にもそれらの歴史がしっかりと保存してあった。
だが、かつてのように歴史毎に飛ぶ力はもうない。
持ち主達も、本自身も、必要ないと認識したからだ。男はそう考えている。
「…会いたい、と言えば…嘘になるな」と、男は口に出してみる。
会いたい。会って、改めて感謝をし、その証にこの美しくなった世界を、その皇となっている自身を見てもらいたい。
男がそう思った刹那。
何かがど派手にぴょん、と目の前に飛び出してきた。
どさりと男の身体が地面に倒れる。
そんな男を見下ろしているそれは、少女だった。
白と黒のコーディネートが美しいワンピースを着こなしており、黄金の穂のようなショートヘアー、そして綺麗な青黒い瞳はきらきら輝いているように見えた。
少女は微笑み、男は立ち上がっている間に、わぁいと飛び跳ねながら、セレスティアの村中へと走っていってしまった。
「待て! エウラ!!」
懐かしい声が後ろからした。
振り返るとそこには女神の一人がいた。
あの時のように長い緑色の髪を束ね、緑色の服を着ている。
あれからなにも変わっていないかのように…。
そんな緑の女神も目をぱちくりとさせていた。
そして…。
「ストック…なのか!? あれからそんなに経っていないのに、これだけ変わると誰だか分からないぞ」
本人は冗談半分だったのだろうが、男―ストックは違っていた。
「経っていない? こっちはあれから7年だぞ」
「こちらは3ヶ月だ。 成る程、ユグドラシル様が言ったとおりに、私達の世界とお前たちの世界との周期が全く違うのだな」
自分を納得させるように緑の女神は頷いた。
「ストックはあれから何をしていたんだ?」
「お前の言ったとおりに皇となった」
「そうか…。 なのに皇がここにいてはいけないのではないのか?」
「これは外遊だ」
「がい…ゆう?」
緑の女神は聞いたことがなかった言葉をたどたどしく声に発した。
「他の国や町に行って、物・事に直接触れて、それを資料として己の国に持ち帰るんだ。 外交とも言うが、俺のは外遊と一般的には言うらしい」
「そうなのか。 一瞬、外で遊ぶことだと思った」
惚けた緑の女神に、ストックは「別に遊んでいるわけじゃないぞ」と、微笑んだ。
ふと、緑の女神が何かを思い出した。
「ああ…私としたことが…こんなことを話している場合じゃなかった! ストック! 今から一緒にエウラを捕まえてくれないか!? あの子から目を離しちゃいけないと散々ユグドラシル様から言われているんだ!」
慌てふためいている緑の女神に、ストックは「分かった。 手伝おう」と言った。
「それからエウラにこの世界を見せてあげたいんだ。 捕まえたら、一緒に共にしてもらいたいんだが…いいか?」
「分かった。 それよりもなんとかして、その子を捕まえよう」
ストックのその言葉に緑の女神は微笑んだ。
「ありがとう、友人」
二人が立ち去った後の神木の間には、静けさが残った。
聖剣となった魔剣は神木の下にいるのが非常に心地よかったのであろう。
静かに深緑の光に包まれていた。
fin