深緑しかいずることが出来ないその聖域で、密かにその映像は出現した。
ふわりと浮かんだ映像に映し出されたのは、大人し気な男。
白くふわふわしてそうな長い髪に、紅の瞳。気質を感じそうなその男は、目をぱちくりとさせている。
『珍しい。 賢者から連絡なんて…』
17.されど深緑は、歴史を謳う
『久しぶりだ。 ちょっとこちらで色々あってね。 報告だけしておこうかと思ったんだ』
樹のような竜―ユグドラシルは、にこやかにそう言った。
『報告? 何の?』
未だに疑問視している男に対し、ユグドラシルはひしゃげた声で言う。
【「彼」が、破壊神が、こちらで出現した】
その言葉に目を丸くさせた男は、『成る程』と何かに納得をするかのように頷いた。
『あれから結構経過したが、お前の居場所まで遊びに行ったのか』
【他人事のように処理をするな、氷樹の主リヴァエラ。 こちらは散々たる思いだったのだぞ】
少し怒り口調なユグドラシルの言葉に、男―リヴァエラはくすくすと笑っていた。
『良いじゃないか、たまには。 玩具であるガーディアンフォースを壊されていないのだろう?』
【お前のところの玩具とは違うぞ、あれらは。 まだ未熟であり、「外」の世界も見たことがない奴らばかりなのだからな】
『だったら早く、巣立ちさせておけ。 奴は「もう巣立った」と勘違いして来訪したのだからな』
ユグドラシルは溜息をついた。
かつてのリーダー質だったこれに何を言っても無駄だと悟った。
【…奴は、お前の玩具を気に入っていた筈だ。 あれから何故行かない?!】
『それは私に言われても困る。 奴は来たければ来る筈だ。 …多分』
意味ありげな曖昧な言葉に、ユグドラシルは【多分とは何だ、多分とは!】と突っぱねてみた。
リヴァエラは、その時の事を思い出したのか、盛大に笑った。
『ガーディアンフォースが「あんまり痛い事しちゃ駄目だよ」って言っちゃったんだ。 次にどんな顔で会えば良いのか分からなくなり、なかなか決心がしないのかもな』
ユグドラシルはその言葉を聞き、これはあんまりだ、と思った。
神に支配されるだけの玩具如きが、全てを破壊する神に対し、「お願い」だけでことを済ませるなど、無謀において他はない。
太陽に「あんまり暑いのだめだからね」と言っているみたいなものだ。
いまだかつてない程の深い深い溜息をユグドラシルは珍しくもついた。
******
溜息をついたユグドラシル率いる深緑の世界の横に浮かぶ世界はあれから7年の時が過ぎていた。
その世界の巨大な大陸、ヴァンクールのグランオルグ帝国の王宮で、必死に大量の書類を抱えながら走る一人の女性がいた。
途端、誰かとぶつかってしまったようで、ばさばさと大量の書類は離散してしまった。
「こら。 あまり慌てて走るな、エルーカ王女」
エルーカ王女と呼ばれた女性は、目を大きくさせ、その人物を見た。
少し老いてしまったが、気品ある立ち振る舞い。
貫禄もありそうな手を、その男は伸ばしてきた。
その男の手を掴み、エルーカは立ち上がる。
「申し訳ありません…ハイス」
男―ハイスは「全く…嘆かわしい」と、溜息をついた。
「未だに王女としての気質が足りない。 これでは民を指揮することが難しいと思え」
厳しい言葉に対し、はい、とエルーカは返事をして、微笑んだ。
「…何を笑っている?」
「いえ…。 あれから7年経過しているのに、貴方は凄いお人ですね」
そう。あれから7年。
闇の精霊のシェイドの言ったとおり、5年を経過して、ハイスは復活を遂げた。
その後から2年もの間、外交と称し動いていた。
だからと言って…。
「でも、あれは酷いと思いました」
「何のことだ?」
「対アリステルの外交の一件です」
そう。数日前に行なわれたアリステルとの会談。
威圧な態度でハイスは、アリステルの外交関係者達に様々な注文をつけたのだ。
「「あれでは、威嚇された人たちが可哀相」か? エルーカ」
ハイスの言葉にエルーカは口をつぐんだ。
「そんな事を言っているようでは、話にもならない。 時には己の国の益も必要になる。 それが必要にならなければ国は、民は滅ぶ」
落ち込むエルーカに、ハイスは微笑んだ。
「それにアリステルはあれから変わっている。 良い方向にな」
そう言い、ハイスは大きい窓を見つめた。
そこには、綺麗な緑が広がっている。
―――――――――
ハイスの言うとおり、アリステルは恐ろしくも変化していた。
マナの使用を極力控え、自然の力で電気を発電して、それを使うようになっている。
そんな、未来のような都市の役所の最上階で頭を痛めている男が一人。
「…また赤字、かぁ…」
男は深い溜息をついた。
グランオルグとアリステルはかつては敵同士であったが、今では外交をする、ライバルとなった。
とはいえ、先日ハイスとの会談はかなり痛かった。
痛かったというより…。
(一本やられた、って言った方が良いのか、なぁ)
男が頭を抑えていると、どかどかと室長室へと立ち入ってくる大男。
「頭が痛いとはこのことだな、ラウル室長」
「それを言いに来たのなら、もう間に合ってるから。 ロッシュ」
お互いの名前を言い合い、男と大男は微笑んだ。
「そろそろ降りてこい。 久しぶりにアンタと飲みに行きたいと思ってるんだ」
「おじさん臭いよ。 それに家に帰ってあげないとソニアもルーニアもずっと泣きっぱなしになるんじゃない?」
「数日泊り込みって言っておいたから大丈夫だろう」
恐らく全然大丈夫じゃないだろう 仕方のないお父さんだ、と密かにラウルは思った。
―――――――――
頭を痛めるラウル率いるアリステルは、もう一つ外交を通して意思疎通を図っている国がある。
シグナス。
かつてはグランオルグとアリステル、両国に傭兵を送っていた砂漠の国だった。
今では何と、田畑を作るように出来、数日前から田植えを行なっている。
とはいえ、田畑で田植え、収穫ができるようになったのは近年の事。
それまではなかなか砂漠の緑化が出来ず、マナが豊富な精霊もなかなか寄り付かない年が続いていた。
なので、田植えが当然のようにできる喜びを知りたいと、様々な場所から人が集まり、こうして田植えを手伝っているのだ。
そう思うと、胸がわくわくしてしまう。
それを見ていたサテュロス族の少女はそう思い、言葉にした。
「…なんだか凄いね」
隣にいたブルート族の男は首をかしげた。
「だって、皆嬉しそう」
「確かにな」
人もブルート族もサテュロス族も関係ない。
わいわいがやがや、とまるでお祭り騒ぎのように田植えを行なっている。
サテュロス族の少女アトは、他にも楽しげな風景を目にしていた。
精霊たちである。
マナが豊富な精霊達はこのなにもない砂漠を毛嫌いしていた。
だが、その精霊たちを説得して、この砂漠に住まわせたのは他でもない、この少女だ。
ブルート族の男ガフカはそう思い、全てのものに感謝をする為、空を仰ぎ見た。
―――――――――
皇と呼ばれるその男は、セレスティアの神木の間にいた。
魔剣ヒストリカを抜き、神木の下に突き刺した。
もう、この剣は必要ない。男はそう思っていた。
あれから7年の月日が経過した。
異世界のあの3人の女神達を何度も思い出す。
白き本、白示録も、黒き本、黒示録にもそれらの歴史がしっかりと保存してあった。
だが、かつてのように歴史毎に飛ぶ力はもうない。
持ち主達も、本自身も、必要ないと認識したからだ。男はそう考えている。
「…会いたい、と言えば…嘘になるな」と、男は口に出してみる。
会いたい。会って、改めて感謝をし、その証にこの美しくなった世界を、その皇となっている自身を見てもらいたい。
男がそう思った刹那。
何かがど派手にぴょん、と目の前に飛び出してきた。
どさりと男の身体が地面に倒れる。
そんな男を見下ろしているそれは、少女だった。
白と黒のコーディネートが美しいワンピースを着こなしており、黄金の穂のようなショートヘアー、そして綺麗な青黒い瞳はきらきら輝いているように見えた。
少女は微笑み、男は立ち上がっている間に、わぁいと飛び跳ねながら、セレスティアの村中へと走っていってしまった。
「待て! エウラ!!」
懐かしい声が後ろからした。
振り返るとそこには女神の一人がいた。
あの時のように長い緑色の髪を束ね、緑色の服を着ている。
あれからなにも変わっていないかのように…。
そんな緑の女神も目をぱちくりとさせていた。
そして…。
「ストック…なのか!? あれからそんなに経っていないのに、これだけ変わると誰だか分からないぞ」
本人は冗談半分だったのだろうが、男―ストックは違っていた。
「経っていない? こっちはあれから7年だぞ」
「こちらは3ヶ月だ。 成る程、ユグドラシル様が言ったとおりに、私達の世界とお前たちの世界との周期が全く違うのだな」
自分を納得させるように緑の女神は頷いた。
「ストックはあれから何をしていたんだ?」
「お前の言ったとおりに皇となった」
「そうか…。 なのに皇がここにいてはいけないのではないのか?」
「これは外遊だ」
「がい…ゆう?」
緑の女神は聞いたことがなかった言葉をたどたどしく声に発した。
「他の国や町に行って、物・事に直接触れて、それを資料として己の国に持ち帰るんだ。 外交とも言うが、俺のは外遊と一般的には言うらしい」
「そうなのか。 一瞬、外で遊ぶことだと思った」
惚けた緑の女神に、ストックは「別に遊んでいるわけじゃないぞ」と、微笑んだ。
ふと、緑の女神が何かを思い出した。
「ああ…私としたことが…こんなことを話している場合じゃなかった! ストック! 今から一緒にエウラを捕まえてくれないか!? あの子から目を離しちゃいけないと散々ユグドラシル様から言われているんだ!」
慌てふためいている緑の女神に、ストックは「分かった。 手伝おう」と言った。
「それからエウラにこの世界を見せてあげたいんだ。 捕まえたら、一緒に共にしてもらいたいんだが…いいか?」
「分かった。 それよりもなんとかして、その子を捕まえよう」
ストックのその言葉に緑の女神は微笑んだ。
「ありがとう、友人」
二人が立ち去った後の神木の間には、静けさが残った。
聖剣となった魔剣は神木の下にいるのが非常に心地よかったのであろう。
静かに深緑の光に包まれていた。
fin
男は酷く歯軋りをしていた。
黒い本を持ち、過去未来を飛び、幾多の混沌を呼んだが…。
異界の者が憎き「息子」の味方になってからは、全ての歯車がそれらに向けてゆっくりと「息子」の想いに答えているような気がする。
このままではいけない…このままでは…。
そう考え、最後の手段を考えつく。
世界を破壊する。
己が「生きていたという証」を残す為にはそうするしかない。
そう考えた男は顔を酷く歪ませた。
「破壊セヨ…『奴』ヲ…深緑ヲモ吹キ飛バセ…ククク…」
父であるヴィクトールと対峙してから不安だったエルーカは、ストックの姿を見つけると、すぐさま走り寄る。
「お兄様! 無事で何よりです」
エルーカのほっとした顔を見たのか、ストックはにこりと微笑む。
「エルーカも無事で良かった」
「でも気を付けて下さい。 あの偽者がいるのかも…」
周囲を見渡すエルーカに対し、ストックは自分の事だろうかと考え、「…偽者…?」と己を指で指す。
慌てて「いえ、エルンスト王子の事ではなくてですね…」と、修正に入るオットーに対し、後ろから溜息が聞こえてきた。
「そんな分かりづらい説明では分かりませんよ」
数日振りに見る親友の顔に、セキュイアは思わず「レイト」と呼んだ。
周囲を見渡し、ライムに対し「あら、隣には珍しい顔をした王子様が」と、レイトネリアは冗談を言ってみる。
『…その後ろに、気難しい奴が苦い顔をしているがな』
ライムは後ろを振り返る。
そこには苦笑しているクローディアの姿と、何故かレイトネリアを睨みつけているゼーブルの姿があった。
感動の再会も終え、ストックは「そういえば、さっきの偽者という件は、もう片ついてあると思うぞ」と先程の件を話した。
「!! 対峙したのですか!?」
驚愕しているエルーカに対し、こくりと頷くストック。
「何か良く分からないけど、自然に帰っていったの!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるアト。
レイニーは腕を組み、複雑な顔で「うーん…良く分からなかったけど、本の操魔で作られたストックだったみたい」と言った。
「まさかそこまで出来るなんて…操魔はやっぱり凄いですね」
マルコがそういうと、「しかし、その操魔の悪用により世が混沌に包まれているのが現実だ」と、ガフカが反論めいたことを言う。
「さらには操魔の影響でマナの本質である精霊たちが消失されていたしな」
「あら、珍しくまともな意見を言いますね」
レイトネリアに言われたのか、はたまた本当に珍しい意見をしてしまった為なのか、クローディアは無言で顔を赤くした。
わちゃわちゃしているヒト達に、ライムは溜息をつきながら、『大分、"毒"が消え去ったが…こんな所でのんびりしているつもりなのか?』と言った。
「そうだったな。 ドリアード!!」
セキュイアがそう言うと、淡い緑が光り輝いた。
そこから出てきたのは、人の形をした木の精霊。
葉のような髪、身体は木のようになっており、長い耳には飾りが数個ついている。
それは現れるや否や、さっとセキュイアの背中に隠れた。
すかさずセキュイアは背中にひっついているドリアードを見る。
『あ…あの…ご…ごめんなさいっ!』
セキュイアの代わりに、クローディアは溜息をして「…何で謝る」と、問い詰めた。
『だって…あの…』
「恥ずかしがり屋なのですから。 あまり強いことを言ってはいけないですよ、クローディア」
「分かってる…」
「で、ドリアード。 中はどうなっている」と、セキュイアはドリアードを見つめて言った。
『あ…あの…怖いヒトが…』
「ヴィクトール、だな」
『よ…よくは分かりませんが、今からあそこへ行くのですよね…』
こくりとセキュイアが頷くと、ドリアードはしょんぼりとした顔を見せる。
「怖いのは分かる。 だが、行かなければこの世界は消失してしまうんだ。 それに、仲間の精霊たちの事も、かつてこの世界で生まれていた精霊たちの記憶も、お前は種子の中で垣間見ている。 それでも行けれないのであれば、私達だけで行くが…」
『そ…そんなことをしたら、貴方様は…』
主である精霊神が危険な場所へ行く…しかも、怖がっている己を置いて。
さすがにそれだけはドリアードとて、了承することは出来ないと感じたのか、『…分かりました。 どれくらい、チカラになれるかは分かりませんが、このドリアード 一生貴方様についていきます!!』と、言い放った。
やる気になった木の精霊に対し、ライムは『着いていくのは種子の設置場所までだがな』と、呟いた。
王宮へと向かい、一行が目にしたのはぼろぼろになった王城の姿だった。
ほんの数週間しか経っていない筈のそれは、まるで何世紀も経ったかのような。
金属にこびりついた錆を見て、オットーとウィルは寂しさを噛み締めている顔つきになっている。
「酷いもんだ。 俺達の街が…国が…こんな滅茶苦茶にされちまってたなんて…」
「許せない…許せないでござる…!」
悔し気な二人のその肩を、レイトネリアはぽんと叩いた。
王宮の中へと入った途端。ふと、ストックは何かを感じた。
そして王宮の奥、王の間の方を見つめる。
それに気付いたのか、セキュイアは「どうした? ストック」と声をかけた。
「何か聞こえる。 …助けてくれ?」
何かしらの声が聞こえるのか、ストックはそのまま王の間へと歩いていく。
そんな兄の異変にエルーカは「どうしたのですか? ヴィクトールがいるのはこの奥の王族の間ですよ」と伝えたが。
当の本人は微笑んでから「少し寄り道をする」と言い、その足取りを止める事はなかった。
酷く暗くなった王の間に入るとふわりふわりと人魂が大量に出現した。
それを直に見たレイニーとマルコは悲鳴を上げてお互い抱きつきあっている。
エルーカは「これは…一体…」と驚愕の顔をしながら言った。
それに答えるかのようにレイトネリアは冷静に「まぁ、これは大量の人魂ですねぇ」と返答する。
「そんなこと、見れば分かるよ!」
未だに恐怖におののいているレイニーの声に反応したのか。
人魂は『助けてくれ…』と震えた声を出した。
「ひ…! しゃ…喋ったぁ!」
「まぁ、人魂だからな」
さらりと言うセキュイアに対し、ライムは『さらりと言って良いのか?』と溜息をついている。
ストックは「それで、何から守って欲しいんだ?」と人魂に話しかけた。
『奴は…恐ろしいモノを召喚した』
「恐ろしいモノ?」
『奴はそれを“全てを還すモノ”と言った』
『このままでは世界は黒く塗りつぶされるどころか、全てが消失するだろう』
『“帝”を継ぎし者よ…。 我らが築き上げた国を…我らが命を賭して守った世界を…』
救って欲しいと言いたかったのだろうか。その言葉が出る前に人魂達は消えていってしまった。
一部始終ずっと傍観していたロッシュは「どういうことか良く分からんが、兎に角ヤツがいる“王族の間”に急ごうぜ」とストックに言う。
「ああ。 そうだな」
再び歩き出した一行だったが。
(全てを還すモノ…。 消失を望む…。 まさか…)
珍しく難しい顔をしているレイトネリアにクローディアは「どうした?」と声をかける。
「い…いえ…。 なんでもないです」
王族の間は宮殿の地下深くにある神聖な場所である。
そこは緑溢れるマナが大量に離散している為か、至る所に蔦が絡まり、木々が覆っている。
その場だけ自然に戻ったか。そうではない。
それはれっきとした「操魔」によるマナの殺戮の跡だと、セキュイアはすぐさま理解した。
「操魔」とマナは相反している。それ故に、お互い反発しあう。
その結果が衝撃波だったり破壊につながる。
それを繰り返し、地上は砂漠と化した。
刹那、レイトネリアは足を止めた。
全員足を止めた金色の女神に振り向く。
「どうした? レイト」と、セキュイアが言った途端。
ぶわっとした風が吹きすさぶ。
そしてそこに現れたのは難敵でもある…。
「ヴィクトール!!」
エルーカは悲鳴を上げるかのようにその難敵の名前を叫んだ。
当の本人はくつりと微笑み、「なるほど…。 この器はそんな名なのか…」と呟いた。
「何を言って―」
いるのか、とエルーカが問いただす前に、レイトネリアはすっとエルーカを制止させた。
いつものレイトネリアの反応ではない動作にエルーカは驚き、レイトネリアの顔を見た。
いつもとは違う…余裕な顔つきではない。その真逆の…真剣な眼差し。
そんなレイトネリアに敵は微笑んだ。
「そうか。 “深緑の王”を守る者達は君たちの事か」
深緑の王。その言葉でレイトネリアはすぐさま分かった。
「私は「アブソリュード」。 全ての“王”から世界を手に入れ、世界を自らの手で構築させる者」
その言葉に全員が驚愕をし、ロッシュは「お前…ヴィクトールじゃないのか!?」と言葉を発した。
「ヴィクトール? ああ、この器の事か。 この器は実に心地が良いものだな。 「全てを破壊したい」という心が、私をこの中に入れてくれた…」
ヴィクトールの身体を手で撫でくりながら話をするアブソリュードに対し、ストックは睨みつけながらも「ヴィクトールは何処に行った…?」と問いかける。
が、それを答えてくれたのは味方であるレイトネリアからだった。
「恐らくはもういない。 そうでしょう?」
その言葉にアブソリュードは頷く。
「その通り。 やはり、各自の世界を飛び回っているヒトとは気が合うものだな」
余裕を見せるアブソリュードに、レイトネリアは「…主から聞いてました。 破壊神なる者がいると」と呟いた。
「お前の目的は何だ…」
先程から無言で一部始終を見ていたセキュイアはアブソリュードに問いかけた。
禁句の言葉だったからか、それとも…。
真意はどうであれ、レイトネリアは「セキュイア!」と制止させようとした。
だが、アブソリュードはその問いに微笑みながら答える。
「私の目的は、お前達ガーディアンフォースが主と呼ぶ“深緑の王”を…全ての“王”たる始祖神共を滅し、全ての星々を消失させ、新たに私の世界を確立する事。 それが私の至高の目的であり、幸福となる」
ごくりとセキュイアは唾を飲み込んだ。
レイトネリアの反応から、ただのヒトではないことは分かった。
だが…これだけのプレッシャーを漂わせることが出来るのは…。
そんなセキュイアの反応を見たのか、アブソリュードはセキュイアに向かって「君は先程から、私に恐怖してるね…」と言い放った。
刹那、セキュイアに向かって風のように接近し、どん と壁に叩きつけた。
「セキュイア!!」
壁に叩きつけられながらもアブソリュードを睨むセキュイア。
それが気に食わなかったのか、セキュイアの首に手をかける。
「何が怖い? 私が怖いか? もっと恐怖をしろ。 そうすれば、私が優しく抱きしめてあげる…」
苦しむセキュイアに微笑みながら、アブソリュードは「そうか…君は…」と呟いた。
そしてセキュイアの耳に口を近づけ、こそりと何かを呟く。
その途端、セキュイアの顔から歪みが出ると、それを楽しむかのようにアブソリュードはくすくすと笑った。
その時、アブソリュードの、ヴィクトールの身体に二つの剣が突き刺さった。
アブソリュードは驚く顔もしないで、振り向いた。
そこにはクローディアとレイトネリアの睨みつける顔があった。
「私の友に何をするか!!」
クローディアはそう言い、レイトネリアも無言ながらもアブソリュードを睨んでいる。
そんな二人にアブソリュードは溜息をついた。
そして、セキュイアの首から手を離し、風のように舞うかのようにレイトネリアとクローディアの背後に回った。
「全く。 楽しんでいたのになぁ…」
ごほごほと咳き込むセキュイアに、微笑みながら破壊の女神は微笑んだ。
「ガーディアンフォースが3人もいると、此方がある意味不利になるね。 まぁ、この世界も私なりに結構楽しめたし、大人しく“深緑の王”に譲るとするか。 但し…この体が倒せたら、だけどね」
めきめき、と音を立てるヴィクトールの身体。
それでも尚、破壊の女神は微笑むのを止めることがない。
「私のチカラが十分に入ったこの器は、かなり強力だ。 ヒトとしての全ての機能はない。 あるのはただ一つ、破壊のみ。 用心することだね」
刹那、ヴィクトールの身体が爆発した…かのように見えた。
実際は、溢れるほどの木々に包まれた。そしてその中央には埋め込まれるように、取り込まれるようにヴィクトールの身体がある。
「な…何なんだ…コイツは―」
そう言っている間に、飛んでくる蔦や手のような枝。
ロッシュは、それをかわして後ろを振り向いた。
大理石で作られた地面が崩れている。そのチカラにぞくりとしながらも必死で回避をする。
「何よ、こいつ…。 燃やしてやるわ! 「Gファイア」!」
レイニーのGファイアに応戦する形で、エルーカの「バーストライト」と、ストックの「ウィルオウィプス」も発動し、ヴィクトールの身体に命中させる。
が…。ヴィクトールの身体は焦げ一つ付いていない。
「奴め…。 とんだ化け物を作り出したものだ…!」
「なんとか、倒さなくてはなりませんね…!」
クローディアとレイトネリアは跳躍し、本体のヴィクトールの身体に向かって剣を振り落とす。
だが、それは弾かれてしまった。
「!!」「!!」
そのまま、腕の機能をしているのか、蔓状のものが二人目掛けて襲い掛かった。
二人は必死に空中で体制を整え、蔓状の攻撃に備えるが、緑の斬撃が放たれ、蔓は無残に地面に落ちていった。
「大丈夫か!?」
緑の斬撃を放った張本人はレイトネリアとクローディアに言った。
「ええ」
「セキュイア、すまない。助かった」
親友二人にそう言われ、セキュイアはほっと胸を撫で下ろす。
そして、そのまま敵に向かって跳躍した。
それを見ながら、レイトネリアは「しかし、何故私達の攻撃や防御は聞かなくて、セキュイアの攻撃が効いたのでしょうか?」と呟いた。
それを聞き、アトは手を上げて「緑色の光なの!」と叫んだ。
「アト達が助けてくれた光が効いてたの!」
アトの言葉にレイトネリアは「成る程…。 マナの光ですね」と言った。
「マナの…光?」
「何だ、それは…」
ガフカとロッシュはレイトネリアに問いかける。
「マナは8種類の色があります。 火水風土月光闇木…。 それらの色を全て正しく組み合わせることによって、マナの光が出来上がるのです」
「だが、それは通常ならセキュイアにしか成せない特殊な業だ」
それを聞いて、ストックは「お前たちには出来ないのか?」と問いかけた。
「個々なら」「個々ならな」
金色の女神と紫色の女神は、同時に同じ事を考えていたのか、お互い顔を見合わせた。
『つまり、二人でならそれも可能ということだ』
すかさず属性獣はフォローに入った。
それを苦笑いしながら、レイトネリアは「ただ、一つだけ問題がありまして」と言う。
そしてちらりとストックを見た。
「ちょっとその剣を見せてくださいね」
レイトネリアはそう言い、奪うかのようにストックの腰にあった剣を手に取る。
何か分かったのか、そっとストックの手に剣を返した。
「ありがとうございます。 エンチャントできますね。 安心しました」
「…エンチャント?」
「そうだ。 セキュイアは自らの身体に全精霊のチカラを使ってマナの光を付けている。 だが、私達はそんな芸当は出来ない。 代わりに武器にならつけあわすことはできる。 但し、剣でマナの光に耐えられるものだけだがな」
「どうして剣だけなの? 槍とかじゃ、駄目?」
「リーチとフォーム、ですかね。 リーチがありすぎるとマナが浸透しなく、マナの光の効力が弱まってしまう。 フォームがないとマナの光の効果が薄くなってしまう」
「私達がこれを剣として使用しているのはその為だ」
クローディアはそう言い、愛剣を手に取る。
「エンチャントが成功できるのはその全ての条件が揃っていないと出来ないんですよ」
「それがヒストリカということか」
ストックは納得し、ヒストリカを改めて見た。
刹那、「だったら早くしてくれ…」という呻き声にも似た声が場に響いた。
「一人で全攻撃を…防いでいるのは…難なんだぞ…」
そう。レイトネリアとクローディアがヒトに説明している最中にも攻撃がやってくる。
喘ぎながらも必死に攻撃を受け止め、数十本ともいえる蔓を削げ落とすのは作業としてもきつい。
そんなセキュイアに、レイトネリアは苦い顔をする。
「あらあら。 そうでしたね。 二人とも怠慢状態で申し訳ありませんでした」
「やるぞ。 ストック、その剣を構えろ」
ストックはそう言われ、クローディアの指示に従い、剣を構える。
途端に、魔剣は淡い緑色に輝き始める。
「エンチャント完了しましたが、効果は大して持続しません。 魔法を唱え続けますから、セキュイアをサポートしてください」
レイトネリアはクローディアと共に集中しながらも、ストックに対して言った。
「分かった。 行くぞ、セキュイア」
身構えたストックに、当の本人は敵の攻撃を防ぎながら「やっとか…。 待ちわびたぞ…」と、器用に溜息までついた。
「とりあえず、こいつの手足になっている蔓共を全部切り取ってくれ」
「お前は?」
ストックの疑問に、セキュイアは余裕がありそうな顔で微笑んだ。
「最高の一撃をこいつに与える」
セキュイアはそう言うと、取り込まれたヴィクトールに愛剣の刃を向ける。
「だが、チカラを溜める準備が欲しいんだ」
それを聞くと、ストックは「任せろ」と言い、蔓を刈っていく。
セキュイアは、チカラを溜めながら「…正直、お前には申し訳なく思っている」と、ストックが聞こえる声で呟いた。
「何がだ」
「こいつにとどめをさせれなくて」
ストックは、こいつ、そんな事を気にしていたのか と、少し笑いを堪えながら「仕方ないだろう」と言った。
「それに、こいつはもう先王ヴィクトールじゃない。 異界から来たただの化け物だ」
言い合いしている間にぼとりぼとりと落ちていく蔓達。
それを見て、セキュイアは「そう言ってくれると助かる。 …そろそろいいぞ。 引いてくれ」とストックに言った。
「ああ」
丸裸同然になった化け物はただ、そこで佇んでいた。
セキュイアは、それを睨みながら「乱れる斬撃を見よ」と、綺麗な声で言い放った。
「まずは“雪”。 凍えるような冷たい殺意」
雪、と切り刻まれた化け物の身体が凍てつく氷で包まれた。
「次に“月”。 夜にも輝く曲折の導き」
次に、月、と刻まれた化け物の身体から、月のような眩しい光が漏れている。
「最期は“花”。 散らばるように、そして踊るように」
最後に、花、と描かれた化け物の身体をまるで散る花のように切り刻んだ。
「これこそが、“乱れ雪月花”。 我がチカラの最高なる剣技なり」
まるでソードダンサーの如く、容赦なく、さらには計算高く、切り刻まれたのだ。
どんな化け物でもそんなものは耐える筈などない。
文字通り、化け物と化した先王ヴィクトールは消滅した。
観客と化していた仲間達は、全員呆然としていた。
「やっ…たの?」
なんとか言葉を紡げたレイニー。
それに答えるように、クローディアは「みたいだな…」と、溜息をついた。
その言葉を聞いたマルコは「や…。 やったぁ!!」とはしゃいでみた。
刹那。ゴゴゴ、と地震が起こった。
それは止むことがない。まるで世界の終わりを示唆しているかのように。
そして地面からマナがあふれ出しているのを見て、エルーカは「このままでは、大量のマナが放出されてしまいます!」と叫んだ。
セキュイアは慌てて、木の葉が出ている種子を手にして、ドリアードを呼ぶ。
ふわりと現れた木の精霊はセキュイアから種子を手渡され、今でも溢れそうなマナを静め、緑色の光を出しながら旋回する。
そして、丁度良い家にでもなるのか、奥にある光を失った大きな結晶体の中にすぽんと入っていった。
その時、大きな結晶体は光り、きらきらと輝いている。
それを見たレイトネリアは「大丈夫ですよ。 これでこの世界は救われました」と微笑みながら言った。
しかし…。
「…おい、お前等…身体が…」
きらきらと輝いていたのはその大きな結晶体だけではない。
セキュイアから、クローディアから、レイトネリアから、そして人間と化していたライムからも溢れていた。
それを見たクローディアは「ああ…。 そうだな」と返答する。
「そうだな、って…」
冷静な返しに、ウィルとオットーは唖然としている。
「役目を終えたからな。 お前たちと別れなければいけないらしい」
セキュイアの言葉に、レイニーは「どうして…!?」と泣き叫ぶかのように言った。
「私達は、私達の主の世界を守護する者ですからね」
「役目を終えた今…別れは常。 そういうものだろう?」
金色の女神と黒の女神が言った、その時。
『先に行かせてもらうぞ』と、言ったのは人間の姿でいるライムだった。
『ヒトはあまり好かんかったが…お前たちといて、少しだけ楽しかった』
そうは言ったが、いざロッシュを見ると…。
『お前は元々好かんがな』
そう言い、光と共に消えていってしまった。
…あまりに、相性が悪かったらしい。
「なんだよ…それ…」
それを見たレイトネリアは、「まぁまぁ」とロッシュを落ち着かせる。
「そろそろ、私もおいとましましょうかね?」
レイトネリアがそういうと、エルーカは涙声で「レイトさん!!」と叫ぶ。
それを見て微笑みながら、レイトネリアは「大丈夫です。 またいつか会えますよ」と、言った。
「お世話になりました!」
「ありがとうございました!」
一兵士のウィルとオットーは地面に頭が付きそうな勢いでお辞儀をした。
「また…また、会いましょう!! それまでにこの世界をより良いものにしておきますから!」
エルーカのその言葉を聞いた金色の女神は、心地良さそうに微笑みながら「楽しみですね」と言い、光と共に消えていった。
それを見たのか、クローディアは「私も行くとするか」と言う。
先程から、冷静に一部始終を見ていたガフカは、「クローディア。 お前といて、奇妙な経験をさせてもらった」と言った。
貴重ではなく、奇妙なのか、と黒き魔神は思ったが、それは己も同じだと感じ、「私もだ」と言い、消え去る瞬間に微笑んだ。
「…レイトネリアさん…クローディアさん…」
消え去っていく、異界の仲間とも言えるべき存在達に、マルコは寂しく感じた。
「セキュイア…。 皆…皆いなくなっちゃうの!?」
先程から泣き続けているレイニーに、セキュイアは「いなくなるわけじゃないさ」と言った。
「この世界にいなくても、私達は本来の世界で生きている。 生きている限り、また会えるさ」
「おう、そう思ってるぜ」
『楽観的ですね…』
ロッシュの発言を返したのは、リーンだった。
「なんだよ。 お前、今日一日ずっとセキュイアのお膝元にいやがって…。 出てきた途端にそれか?」
そう。コルネ村を出発した後から、リーンの姿を見ていない。
『だって、あの時に極度のマナ不足だったんですもん。 節々痛くて外にも出れない…』
「マナで生きているからな、リーンは」
そう言って、セキュイアは先程からじっと見つめているアトを見た。
別れではない、と感じているのだろうか、微笑みながらぴょんぴょんと跳ね始めた。
「では、行こうか」
セキュイアがそう言った途端、身体は光に包まれていく。
そんな時、微笑みながら「ストック!」と声を発した。
「お前、この国の国王にでもなれよ。 そっちの方がお似合いだ」
そう言った後、光に包まれた身体は輝きと共に消えていった。
三人の女神が消えていった跡を見て、ストックは握り拳をつくりあげていた。
ナイドヴァルツと神々に言われる深緑の王がいる世界…一般的な通称ディ=ファールの世界に、隣接するかのようにあった寂れていた小さき世界は、光に溢れ、その姿を大らかに変えた。
それが本質的に神々に認知されるのは、もっと遠い未来の話になるが。
「しかし…ここが、あのグランオルグだとはな…」
ぽつりとロッシュは呟き、改めて前を見つめる。
グランオルグに辿り着いた時は、もう夕焼けが少しずつ傾きつつあった。
その夕焼けに生えるどす黒く染まったグランオルグの城壁の成れの果て。
一行はその姿に暫く驚愕し、呆然とするしかなかった。
15.過去の王子と未来の放浪者
「で、ここからどうやって進入するんだ?」
目の前の酷く壊れた橋を見て、ロッシュは言った。
それに対し、うーん と考えるセキュイアとクローディア。
「え…まさか、進入できないとか…ないよね?」
不安気にレイニーが考えている二人に対し声をかける。
「ここまで澱みが酷いからな。 「普通に入る」なら平気だが、さすがに丸腰のまま入るのはおすすめしない」
「仮に7匹精霊が解放されていたとしても、進入するのはかなりリスクを伴うぞ」
魔神と精霊神が悩みながら、レイニーの問いに答えた。
「このまま入ったらどうなるんだ?」
ストックの言葉にセキュイアが溜息をつく。
「…澱みに犯され、過去の異物にされるのがオチだな。 大将が黒示録を持っているなら尚更だ」
「…そうか…」
「ってことは…ここで足止めってこと!?」
「此処まで来て!?」
レイニーとマルコの悲鳴があがった刹那。
その声が五月蝿いかのごとく、セキュイアの懐から何かが蠢いた。
それをセキュイアは慌てて取り出す。
「卵なの!!」
少しずつ卵の殻が割れ始める。
そこから漏れ出したのは小さな獣の吐息。
セキュイアの掌で生まれた小さな命は物珍しそうに周囲を小さな翡翠の瞳で見渡した。
ふわふわな緑色の鬣、黄金の尾に白い身体。
周囲はその容姿に驚愕し、ロッシュはぽつりと呟いた。
「何だ、この小さいの」
ロッシュが呟いた途端、小さな獣から炎のブレスが放たれた。
ぶすぶすと、ロッシュの前髪が少し焼ける。
『小さいの、とは無礼な人間だ』
小さな獣はそう言うと、無礼な人間であるロッシュを睨みつける。
そんな苛立っている獣に対し、レイニーとマルコが顔を覗かせる。
「なぁに? これ」
「かわいいね」
つんつんとしてきたり、アトのようにキラキラとした瞳で見つめられる獣はセキュイアの掌で、少し後ずさりしつつ『な…何だ…お前ら…』と躊躇する。
「久しぶりだな、ライム」
己の名前を言われ、小さな獣―ライムは振り返る。
頭から胴体までセキュイアを隅々まで見つめてから、『大きく…そしてまた一段階美しくなったな…』と呟いた。
その呟きが聞こえたのか、クローディアは溜息をつく。
(その言葉…子を産み落とした親のようだぞ)
かつて、ライムが諸事情で幼くなったセキュイアを育てた経験はあるが…。
ふと、横にいるゼーブルを見る。
ライムを冷たい瞳で見つめているが、何故か食べれるか食べれないか、自問自答をしているようだ。
『それで、この失礼な人間達は何なんだ…!!』
ご立腹なライムに対し、セキュイアは「ああ…そうだったな。 実は―」とこれまでの経緯を話し始めた。
経緯を聞いたライムは、『なるほど…』と呟いた。
「こうなると私達でも手がつけられない。 どうすればいい?」と、セキュイアはライムに問いかける。
『ならば、我らを放り投げろ。 あそこまでいけばこの澱み位は食ってやれるからな』と、ライムは言うと固く閉ざされたままの門を見つめる。
「食う…?」
「ああ。 ライムは元々負を食らう生物。 その魔力で全てを破壊する性質を持っている。 だからあの門まで飛ばすことが出来れば…」
ストックの疑問に対し、さらりと怖いことを言いながら返答するセキュイア。
魔力で全てを破壊する、という一文をアトは聞き「大丈夫…なの?」と不安気にセキュイアの掌に乗っているライムに問いかける。
『我らが「娘」の仲間に危害は加えぬ。 そうでなければ、我らはまた居場所をなくしてしまうからな』
「あの時とは違ってなくならないよ。 エウラがずっと待っている」
『母が…。 そうか…』と、セキュイアとライムの意味深なやり取りを見ながら、クローディアは「それで、どうやってあそこまでライムを飛ばしてやるか…」と周囲にいる仲間を見渡した。
ふと、ストックはガフカをじぃ…と見つめる。
「…何だ?」
「ガフカの並外れた怪力であそこまで飛ばせないかと思った」
「ワシが、か。 球ならばあそこくらいは投げ飛ばせるが…」
「だったら球だと思えばいいんだよ」
ゼーブルはそう言うと、セキュイアの掌にいるライムの首根っこを鷲掴みし、ライムをゼーブル自身の手に乗せて掌で握りつぶすようにライムを握った。
「ほらほら、ぎゅっと無理やり丸め込ませたら球になるし―」
『やめろ!貴様!!』と、難なくゼーブルの手から逃れようとするライム。
「ふん。 このまま丸くなって卵に戻ればいいんだ」
『…っ!! このクソ魔獣が! 貴様がそうだからこそ、貴様だけは生なる母の内に戻れずじまいなのだ!!』
「私はクローディアの内で良いもん!!」
『はっ。 どうだかな。 お前だけ一人孤独でクローディアの内にいても陰に隠れて泣いているのではないのか?』
ムキーッとゼーブルは怒り狂い、威嚇のような精神攻撃をライムは連発する。
そんなバチバチと火花が散っているであろう二人をクローディアは手で遮った。
「やめろ。 全くお前達はいつもこうなんだから…」
セキュイアはそれを見て溜息をつき、頬を膨らませているゼーブルの掌にいるライムを再びセキュイア自身の掌に乗せる。
そして、ガフカに「ガフカ、ライムを投げ飛ばしてくれ」と、セキュイアは言った。
「…保証はできんぞ?」
「大丈夫だ。 変な方向に飛んでいってもライム自身で軌道修正できるから。 より高く飛ばせば大丈夫」
「あい、分かった」と、ガフカは頷くと、セキュイアはガフカの大きな掌に不機嫌そうなライムを乗せる。
『…握りつぶしたら、この掌を噛み砕いてやるからな…』
ライムの脅迫にも負けずに、ガフカは無言でライムを天高く放り投げた。
飛ばされたライムは門の少し空いている隙間にすっぽりと無事に入り込む。
それを見ていた一行。
「ありがとう、ガフカ」
セキュイアにお礼を言われ、「いや…」と、ガフカは恥ずかし気もなくこくりと頷いた。
「セキュイア。 ライムに「娘」だの「居場所をなくす」だの意味深な発言が多かったが…あれはどういう意味なんだ?」
ストックの隙を突きそうな質問に対し、クローディアは「お前は、時折恐ろしいくらい急所を突く問いかけをしてくるな…」と、溜息をついた。
「ちょっとした諸事情で、幼いときに世話になった。 それくらいだ」
「「居場所をなくす」とはそれとは全く異なっているような気がするけどな」
先程から気になっていたのか、ロッシュもストックと同じく質問をセキュイアにぶつける。
が、セキュイアは徐々にどす黒く染まっていたグランオルグの城壁が霧のように薄くなっていくのを見て、「そろそろ行こうか」と歩いていってしまった。
続いてクローディアもそれを追うかのように歩いていく。
「って、ちょっとー」
「おいおい、まだ質問したい事が山程だというのに…」
ロッシュと、先程から話を聞いていて興味を持ち始めていたレイニーは、溜息をついた。
「仕方ないさ。 恐らくはそれ以上は俺達は知る事ではない話なのだろうからな。 それよりも俺達も行こう」
「行くのー!」
酷く濃かった霧が、薄くなっていくのを見ながら男は『やれやれ…』と溜息をついた。
『最近の人間というのは有無言わず、礼儀すら知らないとは…』
その男は薄緑の長い髪をしており、翡翠の瞳をしている。
まさにその男は、先程忌み嫌う人間に投げ飛ばされたライム張本人である。
負を飲み込み成獣となった獣は忌み嫌っている筈の人間の姿になり、溜息をつく、が。
その身体を懐かしむように、馴染ませるかのように自らの姿を見つめた。
(…セキュイアが喜びそうだな)
大昔のあの時に、負を飲み込んだ幼そうなセキュイアを思い浮かべて、ふっと微笑む。
刹那、ライムは後ろから異様なオーラを感じた。
ばっ、と後ろを振り向く。
そこは城下街の大広場。そこに赤き装束を纏った男が立っていた。
その男は先程の人間の中に居た一人と瓜二つにライムは見えた。
男はじっと無言でライムを見つめている。
そしてライムも負けずと同じく無言で男を見つめた。
刹那、その男はライムが頑なに閉じていると思っていた口を開いた。
「…ストックは来ているか?」
『何だと…?』
意外な発言をした男を目を見開き、見つめようとした時。
後ろから「ライム!!」というセキュイアの声が聞こえて、振り返る。
遠くからライムと謎の男の姿が見れたようで、急いで来てくれたらしい。
だが、その目の前の男にライムを覗く一同は驚愕した。
「何こいつ! ストックそっくりじゃない!」
「まさか…」
驚愕する5人に対し、ストックは冷静に「皆、後ろに下がっていてくれ」と指示をした。
「ストック…。 しかし…!!」
何か言いたげなロッシュに対し、ストックは未だに冷静に「そこの男は俺に用があるらしいからな。 そうだろ? ライム」と、ライムに問いかける。
『らしいぞ』
「何を考えているかは知らんが、望みどおりにしてやろう」
そう言い、ストックは剣―ヒストリカを鞘から取り出した。
男も鞘から剣を取り出し握り締めた。
ギィンギィンと剣と剣がぶつかり合う音が絶え間なく響いて、数分。
「しかし、あの男の人は何者なんだろう」
マルコの質問に対し、アトは「多分…過去のストックだと思うの」と、少し寂しそうな声で答える。
「過去の…ストック!?」
驚きの声を出すレイニー。
冷静にセキュイアはストックとストックの戦いを見つめながら言う。
「恐らくは、敵が意図的に生み出したエルンスト王子だろうな。 過去を捻じ曲げ、一度死ぬはずだった贄のエルンストを生かし、今とは違う未来を作りあげたのだろう」
「そんなことが出来るのか!?」
ロッシュの問いに対し「分からない」と言い、ふるふると首を左右に振るセキュイア。
「が、あれが一種のアーティファクトなら説明がつく。 だが…どこまでどれだけ一つのアーティファクトが介入できるかは…私にも分からない」
「過去は一種の負。 その負が暴走した、という考えが妥当かもな」
「しかしだな―」とロッシュが続けざまに質問をしようとした刹那。
「何を企んでいる…」というストックの声が聞こえた。
膝を地面につけるエルンスト。エルンストの鼻先に剣を突きつける俺。
「何を企んでいる…」
そんな俺の声に対し、エルンストは無言のままだった。
「お前は過去から来た…。 そうだな?」
俺の問いに対し、エルンストは素直に「その通りだ」と答えた。
「奥には奴がいるな」
「ああ。 父上がいる」
父上…。そこまで過去が改変されているとは…。
エルンストは突然微笑し始める。
「…何がおかしい」
「いや。 未来が、未来の俺が滅茶苦茶になって無くてよかった」
その言葉に、俺は無言になった。
「しかも最愛の妹も無事というお墨付きだ」
「過去ではエルーカは…」
「ああ。 父上の手で殺されたよ。 エルーカだけじゃない。 ハイスもその他の要人も何もかも、だ。 俺はただ一人父上に生かされた」
刹那、エルンストの手がぼろりと崩れ落ちた。
魔剣ヒストリカは時の剣。
時の流れに逆らう全てのものに対し、有効な魔剣。
だからこそ、ヒストリカはエルンストの逆らっていた肉体の時間を正したのだろう。
ボロリボロリと崩れていく己を見つめる哀れな王子。
「父上の手から離れている今、お前に出会えてよかった。 未来を頼む…ストック」
そういうとエルンストは身体すら崩れていき、砂となって消えていった。
昔の俺がヴィクトールに逆らう意欲がなければこうなっていたとは露も知らなかった。
運命とは皮肉なものだ、と俺はさっぱりと透き通った夕焼け空を見上げて、こう呟いた。
「未来は、任せろ。 エルンスト」
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